太宰治、宿代の代わりに友人を置いて帰る。 ——熱海の宿代と「走れメロス」をめぐる友情
置いていかれたのに、どうにも嫌いになれない。太宰治と檀一雄、熱海の夜
友人を宿代の代わりに旅館へ残し、自分だけ東京へ帰る。
まず、発想の段階で誰かに止めてほしいところです。ところが太宰は、止まりませんでした。
こうして一文にすると、いかにも太宰治らしい、困った文豪の逸話としてよくできています。ただ、この話を笑って済ませるには、置いていかれた側の時間が少し長すぎます。
この出来事を書き残したのは、旅館に残された本人の檀一雄でした。1936年の暮れ、太宰は原稿を書くため、熱海の宿に滞在していました。ところが、原稿より先に金が尽きます。
そこで檀は、太宰を連れ帰り、宿代を清算するための金を持って東京からやって来たといいます。本来なら、その金で勘定を済ませ、二人で静かに帰ればよかったはずです。
ところが二人は、その金まで飲み食いに使ってしまいました。
救出に来た友人が、そのまま宴会へ加わっています。これでは救出ではなく、増援です。
太宰だけを悪者にしてしまうと、檀も少し居心地が悪いでしょう。彼は置いていかれた人であると同時に、途中までは太宰と一緒に転んだ人でもありました。
仲のよい友人というものは、ときどき問題を解決するどころか、問題を二人分に育てます。太宰と檀の友情は、そういう方向に少し景気がよすぎたようです。
太宰が帰るために、檀は帰れなくなりました

飲み食いをすれば、当然ながら宿代は減りません。むしろ、きちんと増えます。勘定だけは、二人の事情をまったく察してくれません。
太宰は東京へ戻って金を借りてくると言い、檀を宿へ残しました。
縄で縛られたわけではありませんから、本当の人質ではありません。それでも、未払いの勘定と一緒に友人を残して一人だけ帰れば、置いていかれた側はそう簡単には動けません。宿の側から見れば、太宰よりは逃げなさそうな人間が一人残ったことになります。
担保としてはかなり人間的で、やり方としてはだいぶ雑です。
太宰が東京へ帰る自由は、檀が熱海から帰れないことで成り立っていました。
堕落というと、酒を飲んだ人、金を使った人、約束を破った人ばかりに目が向きます。けれど、一人が好きに振る舞えた夜には、たいてい別の誰かの待ち時間があります。太宰がどこかへ逃げているあいだ、檀は旅館の部屋で、宿代と一緒に残されていました。
檀も、最初は太宰が戻ってくると思っていたのでしょう。
しかし、太宰はなかなか帰ってきませんでした。
宿代も、もちろん帰ってきません。
金策へ行った男は、将棋を指していました

しびれを切らした檀が東京まで太宰を捜しに行くと、太宰は井伏鱒二の家にいました。
金策に駆け回り、疲れ果てているところを見つけたのなら、檀の怒りも少しは収まったかもしれません。
太宰は、将棋を指していたそうです。
金策に戻ったはずの人が、将棋盤の前にいます。檀からすれば、探していたのは友人であって、対局相手ではありません。事情が事情なので、せめて将棋盤からは離れていてほしいところです。
怒る檀に、太宰はこう言ったと伝えられています。
「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」
まず戻ってから言ってほしい言葉です。
ただ、この言葉が困るのは、単なる言い逃れとして捨てるには、少しだけ本当だからです。
一度返事を遅らせると、翌日には返事だけでなく、遅れた理由まで説明しなければならなくなります。さらに時間がたてば、謝ることそのものが重くなり、相手の顔を思い浮かべるほど、ますます戻りづらくなる。待たせている側の苦しさは、たいてい自分で作ったものですが、だからといって苦しくないわけではありません。
太宰も、熱海で待つ檀を忘れ、のびのび将棋を楽しんでいた、と言い切れるほど単純ではなかったのかもしれません。思い出していたからこそ戻れず、戻れない自分を正当化するために、また言葉を作った可能性もあります。
もちろん、その弱さの代金を払っているのは檀です。
太宰の言葉には、相手を待たせている人間の弱さと、その弱さまで相手に背負わせようとする図々しさが、同時に入っています。
だから、この言葉はただの名文でも、ただの言い訳でもありません。自分で作った窮地に苦しみながら、その苦しみまで分かってもらおうとする。太宰という人の弱さと図々しさが、妙にきれいな一文へ収まってしまっています。
戻らなかった男が、戻る男を書きました

熱海の出来事からおよそ四年後、太宰は『走れメロス』を発表しました。
友人を人質として残した男が、何度も力尽きそうになりながら、それでも約束の時刻までに戻ろうとする物語です。
熱海では、友人を残した太宰が戻りませんでした。小説では、友人を残したメロスが、間に合わないかもしれない恐怖を抱えながら走って戻ります。
あまりにもきれいに裏返っているので、熱海事件が『走れメロス』の元ネタだった、と言いたくなります。話としては、その方がずっと面白いからです。
ただ、文学史は、こちらの都合ほどきれいには並んでくれません。
『走れメロス』の直接の素材には、古い伝説とシラーの詩「人質」があります。熱海で檀を置き去りにした経験が、そのまま物語へ変わったと断定できるわけではありません。
それでも檀は後年、自分たちの熱海行が、この作品の重要な心情の発端の一つになったのではないか、と書きました。
元ネタというより、古傷が作品のどこかへ混ざった、と考える方が近いのかもしれません。
太宰が檀への罪滅ぼしとして書いたのかは分かりません。本人に確かめることもできません。太宰という人は、大事なことほど正面から言わず、別の文章にしてしまいそうなところがあります。
ただ、戻らなかった男が、戻ろうとする男の苦しさを、あれほど細かく書きました。そして置いていかれた檀は、その物語に、自分たちの熱海を重ねて読みました。
文学は宿代を払ってくれません

檀は後年、『走れメロス』を読むことで、熱海で抱いた怒りや悔しさを、以前とは少し違う場所へ置けるようになったと受け取れる回想を残しています。
これは、太宰のしたことが帳消しになった、という話ではありません。
文学は、あの日の宿代を払ってはくれません。檀が待った時間も、腹を立てた気持ちも、なかったことにはしてくれません。友人を旅館へ置いて帰ってよい理由にも、当然なりません。
それでも、長く抱えていた怒りの形を、少し変えることはあるのかもしれません。
太宰は、約束どおりには熱海へ戻りませんでした。
けれどその数年後、友人のもとへ戻るために走り続ける男を書きました。檀はそこに、自分たちの夜を見つけました。
ずいぶん遠回りな謝り方です。
もっとも、太宰本人に謝ったつもりがあったのかは分かりません。謝罪だったのか、作品だったのか、檀がそう受け取っただけなのか。太宰は最後まで、話をきれいに終わらせてくれません。
太宰は熱海には戻りませんでしたが、檀はその後も、太宰の文章の中へ何度も戻っていきました。
どちらが待つ身で、どちらが待たせる身だったのか。二人の友情を最後までたどると、少し分からなくなります。
太宰は、現実の熱海には戻りませんでした。けれど数年後、物語の中で友のもとへ走って戻る男を書きました。檀はそこに、自分たちの熱海を重ねます。
ずいぶん遅い帰還です。しかも、謝罪の言葉ではなく、小説になって届きました。
それで許せるのかは分かりません。ただ檀は、その後も太宰の文章の中へ何度も戻っていきました。二人の友情は、美談というより、腹を立てたまま手放せないものとして残ったようです。